門司倶楽部について

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門司倶楽部のあゆみ

海沿いの小さな村に過ぎなかった門司が、繫栄の第一歩を記したのが特別輸出港に指定された明治22年。2年後には鉄道が開通し、八幡製鉄所、筑豊炭田をバックボーンに原料の受け入れ、製品 、石炭の 積み出しを一手に担い、陸上、海上交通双方の文字通り九州の玄関として機能した。時を同じくして、三井、三菱、住友を始め、名だたる企業や、銀行も進出し、横浜・神戸に並ぶ国際貿易港に発展していった。
そのような時代背景の中心で、明治36年、石炭・港湾関係団体の社交場として「門司俱楽部」を明治建築家第一人者辰野金吾氏により建造された。当時の花形社交場として活況を呈したが第二次世界大戦後米国に接収され、その後旧門司市の迎賓館として寄贈された。
昭和28年旧門司市長柳田桃太郎先生の親友である弊社創業業者樊慶文が譲り受け、その格式と伝統を継承し中華料理「門司俱楽部」として開業しました。昭和44年株式化され、日本の高成長の波に乗って、大繫盛していました。昭和48年2階木造の建物を3階のモダンなコンクリートの建物に生まれ変わり、時を経て現在の「門司俱楽部」に至っています。

創業者 樊慶文

創業者 樊慶文

代表取締役社長 樊継聖 (han keisei)

代表取締役社長 樊継聖 (han keisei)

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シェフからのメッセージ

総料理長 孫強

1983年大連調理師学校入学、中華料理の基礎、理論を習得。

1985年同校卒業、大連金鷹ホテルに入社。修業

1988年同ホテル退社。大連棒捶島ホテルに入社。スキルアップ図る

1992年株式会社門司俱楽部に入社、日本人向けの中華料理の修業。

2000年有限会社小倉飯店調理長として、転出。

現在株式会社門司俱楽部と株式会社小倉飯店の総料理長として活躍中。


総料理長 孫強